あけましておめでとうございます。2026年が始まりましたね。
新年といえば抱負を語る季節なんですけど、ぼくの2026年の抱負はちょっと変わってます。「億り人にならない」こと。これが今年の目標です。
は?
って思いました?
そうですよね。FIRE界隈では「いかに資産を増やすか」「いつ億り人になれるか」が最大の関心事なのに、増やさないって何言ってんの? という反応が普通だと思います。でもぼくはけっこう本気でそう思ってるんですよ。
資産9760万円、1億円まであと240万円
まず現状をお伝えしますね。
2026年1月時点で、ぼくの金融資産は約9760万円です。1億円まであと240万円。正直、このままインデックス投資を放っておけば、今年中に確実に超えます。


年利4%で回れば、何もしなくても年間390万円くらい増える計算だね。1億円なんて放っておいても超えちゃうよ。
そうなんですよ。何もしなくても増えちゃう。これがインデックス投資の恐ろしいところであり、ありがたいところでもある。
でもね、ぼくは「億り人」になりたくないんです。
なんでかっていうと、まずあの「億り人」界隈の人の偉そうな感じが嫌。下品。死んでください。
資産額で人をカテゴライズするのって、本質的じゃないでしょ。ましてや優劣とかでもないでしょ。
それに、1億円って数字に特別な意味はないはずなんですよ。9760万円と1億円の差って、たった240万円じゃないですか。生活が劇的に変わるわけでもない。でも世間は「億」とか「億り人」いう響きに過剰に反応する。その空気に巻き込まれたくないんですよね。
「足るを知る」—これ以上は自分には必要ない
老子の言葉に「足るを知る者は富む」というのがあります。
要は、「もう十分だ」と思える人が本当の意味で豊かなんだ、ということ。いくら持っていても「もっと欲しい」と思い続ける人は、永遠に満たされない。
サイドFIRE生活を始めて数年、ぼくは自分にとっての「十分」がわかってきました。
札幌で一人暮らし。家賃は安いし、物価も東京より低い。年間の生活費は500万円もかからない。正社員の給料で十分に賄えてるし余剰も大きい。ましてやインカムゲインは完全に余剰。
これ以上、何のために増やすの?

でもさ、多いに越したことないじゃん!将来何があるかわからないでしょ?
うん、その気持ち、わかる。将来の不安、インフレ、医療費、いろいろあるよね。
でもね、9760万円あれば十分なバッファがあるんですよ。仮に年間300万円使っても30年以上持つ計算。しかも運用益が出るから、実際にはもっと持つ。
「もしも」に備えて無限に貯め続けるのって、ゴールのないマラソンを走り続けるようなもの。どこかで「ここでいい」と決めないと、一生走り続けることになる。
ぼくはもう2年前に走り終わることを決意したんです。
「貯める」から「使う」へ—お金の使い方を学ぶフェーズ
これまでの人生、ぼくは「貯める」「増やす」スキルを磨いてきました。
節約術、家計管理、投資の勉強。お金を減らさない技術はそれなりに身についた。でもね、ふと気づいたんですよ。
お金の「使い方」がわからない。
笑っちゃうでしょ? でも本当にそうなんです。いざ「好きに使っていいよ」と言われても、何に使えばいいかわからない。貯める習慣が染みつきすぎて、使うことに罪悪感すら覚える。
これってけっこうまずい状態だと思うんですよね。お金は使ってこそ価値がある。貯め込んだまま死んだら、それはただの数字でしかない。

お金は使ってこそ意味があるもんね。貯めるだけじゃなくて、自分を幸せにするために使うフェーズに入ったんだね。
そう、まさにそれ。2026年は「使う練習」をする年にしたいんです。
具体的には、旅行、体験、推し活。
今年は毎月旅行に行く。意識的に行く。北海道内でもまだまだ行ったことのない場所は多い。体験にお金を使う。思い出は消えないし、経験は自分の一部になる。
推し活も同じ。好きなものを応援することにお金を使うのって、めちゃくちゃ健全な消費だと思うんですよ。誰かの創作活動を支えることは、社会にお金を回すことでもある。
1億円を超えそうになったら、意識的に使う。これが新しいルールです。
「誰のために貯めるのか」という問い
ここでゲイならではの視点を入れさせてください。
ぼくには子どもがいません。今後できる予定もない。パートナーは……まあ、いるかもしれないしいないかもしれない。少なくとも「子どもに遺産を残す」という前提はない人生設計をしてます。
となると、「誰のために貯めてるの?」という問いにぶつかるんですよね。
老後のため、自分のため。それはわかる。でも1億円って、一人で使い切るには多すぎませんか?

結局、死んだら金なんて持っていけないからなw 墓場で預金残高自慢しても誰も聞いてくれないぜw
まあ、身もふたもない言い方だけど、その通りなんですよね。
異性愛者で子どもがいる人は、「子どもに遺す」という選択肢がある。でもぼくにはそれがない。だったら、生きてるうちに使い切るのが合理的じゃないですか。
これは「標準的なライフコース」から外れているからこそ見える景色だと思ってます。結婚して、子ども作って、家買って、老後に備えて……というレールに乗ってないからこそ、「本当に必要な額はいくらか」を自分の頭で考えられる。
ゲイであることのデメリットはたくさんあるけど、人生設計の自由度が高いのはメリットかもしれない。
2026年、具体的に何に使うか
じゃあ具体的に何に使うのか。
まず旅行。国内で行きたいところはたくさんある。沖縄の離島とか、九州の温泉地とか。海外も。円安は痛いけど、「為替が戻るまで待つ」と言ってたら一生行けない。
体験にも投資したい。気になってた料理教室とか、スノーバイクみたいなアクティビティとか。「いつかやろう」と思ってたことを「今年やる」に変える。
推し活は……まあ、これは言わなくてもやるでしょ。ライブ行ったり、グッズ買ったり、投げ銭したり。好きなものにお金を使うのは楽しい。
要は、「経験」と「好き」にお金を回すということ。モノより思い出。所有より体験。この方向でいきます。
2026年の抱負、「億り人にならない」。
変な抱負だと思われるかもしれないけど、ぼくにとっては大真面目。資産額という数字に振り回されず、「足るを知る」を実践する。貯めるフェーズから使うフェーズへ移行する。
お金は道具。持ってるだけじゃ意味がない。使いこなしてこそ価値がある。
今年は、その練習をする一年にします。
現場からは以上です。



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