「やめなかっただけです」
前回の資産公開記事で、ぼくはそう書きました。91万円から1億円になった秘訣は何かと聞かれたら、「やめなかっただけ」。
でもね、これを読んだ人の多くは、たぶんこう思ったんじゃないですかね。
「いや、それができないから困ってるんだけど」
そうなんですよ。「売らない」って、言葉にすると簡単なんだけど、実際に資産が半減していく画面を見ながら何もしないのは、かなりキツい。じゃあなぜぼくは売らなかったのか。今回は行動経済学の視点から、その裏側を解剖してみます。
「知っている」と「できる」の間にある深い溝
最初にはっきりさせておきたいことがあります。
ぼくが19年間売らずに済んだのは、意志が強かったからでも、根性があったからでもない。正しい知識を持っていたからです。
投資を始めた2007年頃、ぼくは橘玲の本だけではなく、バートン・マルキールの『ウォール街のランダムウォーカー』とチャールズ・エリスの『敗者のゲーム』を読んでいました。インデックス投資のバイブルと呼ばれる2冊。
この2冊が教えてくれたのは、シンプルな事実です。
健康的な経済では、株式市場は長期で右肩上がりに成長する。個人投資家が市場に勝とうとして売買を繰り返すほどリターンは下がる。だから市場全体を買って持ち続けるのが最も合理的な戦略である。
それに加えて、橘玲の著作やコラムから「暴落時こそが投資の最大のボーナスチャンス」という考え方を学んでいた。バフェットの「みんなが恐怖しているときに貪欲になれ」も、頭に刻み込まれていた。

マルキールもエリスも、データに基づいて同じ結論に達しているね。市場の効率性を前提にすると、個人投資家にとっての最適戦略は『低コストのインデックスファンドを買って持ち続けること』。これは学術的にもほぼ決着がついている話だよ。
でね、ここが重要なんですけど、この知識って今や誰でも手に入るんですよ。
新NISAブームで「長期・分散・積立」は常識になった。YouTubeを開けば「インデックス投資が最強」と叫ぶ動画が山ほどある。本を読まなくても、知識だけなら無料で手に入る時代。
なのに、暴落が来ると売る人が後を絶たない。
知識はあるのに行動できない。この「知行合一の壁」は、なぜ生まれるのか。
プロスペクト理論 ── 「頭ではわかっている」のに売ってしまう理由
ここで行動経済学の出番です。
ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱した「プロスペクト理論」によると、人間は利益の喜びよりも損失の痛みを約2.25倍強く感じるとされています。
これ、数字で言うとこういうことです。
100万円儲かったときの喜びを「1」とすると、100万円失ったときの痛みは「2.25」。同じ金額なのに、損失のほうが圧倒的にキツい。
リーマンショックで91万円が49万円になったとき、ぼくの頭の中では2つの声がせめぎ合ってました。
システム2(理性):「市場は長期で回復する。マルキールもエリスもそう言ってる。ここで売るのは愚策だ」
システム1(感情):「42万円も消えた。もっと下がるかもしれない。今すぐ売って、これ以上の損失を止めないと」
カーネマンの言う「システム1」と「システム2」の闘いですよね。多くの投資家は、ここでシステム1に負ける。「損切り」という名の合理化をして、暴落の底で売ってしまう。

でもさ、知識がある人だって売っちゃうんでしょ? 『ランダムウォーカー読みました、でもリーマンショックで全部売りました』みたいな人、普通にいるんじゃない?
いるんですよ、実際に。知識があっても、含み損が膨らんでいく恐怖は本能的なもので、理性だけでは抑えきれないことがある。
じゃあぼくはなぜ抑えられたのか。
正直に言うと、理性だけで耐えたわけじゃない。「売っても損が確定するだけだし、どうせ使う予定もないお金だし」という消極的な理由もあった。怠惰さに助けられた部分は認めます。
でも、それ以上に大きかったのは、橘玲の言葉なんですよ。「暴落はボーナスチャンス」。これが頭にあったから、恐怖の中でもかろうじて踏みとどまれた。
知識を「信念」に変えたもの
ここで区別しておきたいのが、「知識」と「信念」の違いです。
「株は長期で上がる」と知っているのと、「暴落しても絶対に売らない」と腹を括っているのは、まったく別次元の話なんですよね。
知識は頭にある。信念は腹にある。
ぼくの場合、知識を信念に変えてくれたのは3つの教えでした。
橘玲の論理。暴落時にパニックで売る人がいるから、持ち続ける人が報われる。市場が恐怖に包まれているときこそ、冷静でいられる人間が利益を得る。これは精神論じゃなくて、市場のメカニズムとしてそうなっている。
バフェットの哲学。「みんなが恐怖しているときに貪欲になれ、みんなが貪欲なときに恐怖せよ」。これ、名言として有名だけど、実際に暴落を経験しないと腹落ちしないんですよ。リーマンショックの渦中でこの言葉を思い出したとき、初めて「ああ、今がまさにそのときか」と実感できた。
『敗者のゲーム』の教訓。エリスの主張は明快で、投資で勝つのは「すごいプレーをした人」ではなく「ミスをしなかった人」だと。テニスのアマチュアの試合と同じで、華麗なショットを決める必要はない、ただミスをしなければ勝てる。余計な売買をしないことが最大の戦略なんだと。

最初の暴落が一番つらいよね。でも、一度乗り越えた経験って、次からの支えになるんじゃないかな。リーマンショックを生き延びたことが、その後の暴落でも『前も大丈夫だったから、今回も大丈夫』って思える根拠になったんだね。
その通りなんですよ。リーマンショックの-46%を「体験」として乗り越えたことで、知識が信念に変わった。
2018年の米中貿易摩擦で資産が減ったときも、2020年のコロナショックで世界が止まったときも、もう怖くなかった。「前も回復したでしょ」という経験値があるから。
要は、最初の暴落を知識の力で乗り越えると、2回目以降は経験の力で乗り越えられるということ。最初の一回だけが本当の勝負なんですよね。
「余計な行動をしない」という最強の行動
ここまでの話を整理すると、ぼくが19年間で1億円に到達できた理由はこうなります。
- 正しい知識があった(橘玲、バフェット、マルキール、エリス)
- 最初の暴落を知識の力で乗り越えた
- それ以降は経験が信念を補強し続けた
でね、ここで多くの人が勘違いしていることがあるんですよ。
ほとんどの人は「知識がある→だから正しい行動(売買)をしよう」と考える。暴落が来たら「買い増しだ!」とか、上がったら「利確だ!」とか。
でも正解は逆なんです。「知識がある→だから余計な行動をしない」。
ぼくが19年間でやらなかったことを挙げると:
- タイミング投資(「今が底だ!」みたいな判断)
- パニック売り
- 利確(「十分上がったから売ろう」)
- レバレッジ(借金して投資)
これは怠惰とは違います。正しい知識に基づいて、意識的に「何もしない」を選び続けた結果なんですよ。
SNSで爆益報告を見ても、暴落ニュースが流れても、ポジションを変えない。これは「めんどくさいから」ではなく「変える必要がないと知っているから」。
行動経済学者のバーバーとオデアンの研究では、投資家の売買回数が多いほどリターンが下がることが示されています。「賢いフリして売買する人」が「何もしない人」に負ける。皮肉な話ですよね。

要は、知識があって何もしなかった奴が勝って、知識があるのに余計なことした奴が負けたってことだろw 投資の世界では『賢いバカ』が一番損するんだよなw
まあ、身も蓋もない言い方だけど、本質を突いてるんですよね。
あなたが今日からできること
最後に、ぼくの経験から実践的なアドバイスを3つ。
1. インデックス投資のバイブルを最低1冊読む
『ウォール街のランダムウォーカー』か『敗者のゲーム』、どちらか1冊でいい。YouTubeの切り抜き動画じゃなくて、本を1冊読む。なぜかというと、本を通読することで知識が「体系」として頭に入るから。断片的な情報では、暴落時に踏みとどまれるだけの信念は生まれない。
2. 積立設定を自動化して「行動しない仕組み」を作る
毎月の積立を自動化しておけば、あとは本当に何もしなくていい。「今月は投資しようかな、やめようかな」という判断が入る余地をなくす。行動しない仕組みが、最強の投資戦略になる。
3. 暴落時に読み返す「お守り」を決めておく
ぼくにとっての橘玲のように、暴落時に読み返す本や記事を1つ決めておくといい。パニックになったときに理性を取り戻すための「お守り」。これがあるかないかで、システム1の暴走を止められるかどうかが変わる。
91万円から1億円への道のりを行動経済学で振り返ってみると、結局のところ、「正しい知識」×「余計な行動をしない胆力」の掛け算なんですよね。
知識だけでもダメ。胆力だけでもダメ。知識があるから余計な行動をしないで済む。余計な行動をしないから知識どおりの結果が出る。この両輪が揃って初めて、19年間持ち続けることができた。
「投資の才能」なんて大げさなものは必要ない。正しい本を読んで、仕組みを作って、あとは余計なことをしない。
それだけ。
現場からは以上です。


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