億り人になって半年、何もしてないのに1000万円増えていた

億り人

今年の1月、18年かけてようやく資産が1億円を超えました、と。そのことをブログにも書いて、静かに喜んだのもつかのま、それから半年たち、く証券口座を眺めていたら、金融資産が1.1億円になっていました。

半年で1000万円、増えている。。。

働いて稼いだわけじゃない。何か特別なことをしたわけでもない。ただ持っていただけで、勝手に1000万円増えていた、ということで、今日はこの「1000万円」という数字について、思ったことを書きます。

半年前は「やっと超えた」だったのに

1月に1億円を超えたとき、ぼくが感じたのは「ほっとした」でした。

18年間インデックス投資を続けて、リーマンショックもコロナショックも売らずに耐えて、ようやく1億円を手にし、感動というよりは安堵で、一つの大きな区切りに、やっと手が届いた。そういう感覚でした。

それがどうでしょう。半年経ったら、もう1.1億円。+1000万円

「年収1000万円」という、ある意味わかりやすい基準があると思うんですよ。まずはそこまではなんとかがんばって目指そう、みたいな。それが、ケンタッキー食べながら寝っ転がってテレビ見て屁こいてるだけで、半年で1000万円増えている。なんだか不思議な気分、というよりは、資本主義とは何だろうか、という哲学的な問いに頭痛が痛くなります。

優しい少年
優しい少年

半年前は”やっと届いた”って書いてたよね。それがもう次の景色になってるのが面白いよね。ゴールだと思ってた場所が、通過点になってる。

1億円という資産にはいろいろな価値があると思うのですけど、エリートを自称する「年収1000万円勢」に対して高見から食べ終えたケンタッキーフライドチキンの残りかすを投げる(実際投げない)ことも、やろうと思えばできる、ということなのかなと。

1000万円とは、ぼくの生活費の2年分

この1000万円という数字、どれくらい大きいのかというと、ぼくの毎月の支出は、だいたい40〜50万円で、通常月のベースラインで35は万円、東京に遠征したりすると42万円くらい、年間にならすと500万円前後、ということを考えると、ぼくの生活費のおよそ2年分。2年間、一切労働しなくても、いまの生活をそのまま続けられる金額が、半年で増えた。

これを「働いて貯める」側から見ると、もっとスゴミが出ます。手取りで1000万円を貯めようと思ったら、額面の年収はそれなりに必要だし、生活費を引いた残りを貯金に回すわけだから、現実には何年もかかる。多くの人にとって、1000万円を貯めるのは人生の一大事業なんですよね。

それが、半年で、屁こいてたら、勝手に。屁をだれかが買ってくれたわけではないのに。

ツッコミ少年
ツッコミ少年

1000万って、普通に働いて貯めようとしたら何年かかると思ってんの? 数年がかりの目標でしょ。それが半年で、しかも勝手に増えたって……ずるくない?

ずるい、と言われたら、まあ、そうかも。

でもこれは、ぼくが20年かけて元手を積み上げた結果でもあるわけで、元手がなければいくら相場が良くてもそうはならない。

自分は何もしていない。ただ持っていただけ

でもやはり一番感慨深いのは、この1000万円を、ぼくが何の労働もせずに得たということであって、会社員時代、給料を1000万円ぶん多くもらおうと思ったら、とんでもない働きが必要だったことを思い返すと、残業して、成果を出して、上司に評価されて、といった面倒なことをせずとも、手に入れたこと。

資産が1億円を超えると、お金がお金を生むようになり、市場にお金を置いておいただけで、寝ていても、旅行していても、勝手に増えていく。

賢い少年
賢い少年

1億円が年7%で回れば、それだけで年700万円。働かずに、世間の平均年収を超える額が生まれる計算だね。労働の対価じゃなくて、資本の果実。資本主義の”持つ者”の側に回るというのは、こういうことなんだよ

そう、ここが分岐点だと思う。労働で稼ぐ世界では、自分の時間と体力が上限になるけど、資本で増える世界では、元手の大きさが効いてくる。1億円という元手は、ぼくが思っていた以上に強力なエンジンで、半年で1000万円という数字は、そのエンジンの出力を見せつけられた感じです。

でも、増えても生活は1ミリも変わらない

ここまで読むと「さぞ生活が華やかになったんだろう」と思うかもしれませんが、ぼくの生活は、まったく何も変わらない。

1000万円増えても、ぼくは相変わらず月40万円くらいで暮らしている。家賃12万の部屋に住んで、楽天モバイルで月2千円の通信費。たまに東京や沖縄に旅行するけど、暮らしぶりはほとんど変化ありません。

資産はどんどん増えるけど、生活はそのまま、というのがFIRE(サイドFIRE)後のリアルです。数字は動くけど、暮らしは動かない。むしろ「1000万増えた」という実感のほうが薄い。楽天証券の画面に表示される数字が変わるだけで、毎日のごはんが豪華になるわけじゃないので。

いじわるな少年
いじわるな少年

1000万増えて生活が1ミリも変わらないって、じゃあその1000万に意味あんのかよwってなるよなw 増えた数字、眺めて終わりかよw

その指摘、ほんとそのとおりで、増えた1000万円を、どう扱えばいいのか、ぼくにもよくわからない。眺めて終わりにするのか、それとも、何かに使うのか。ここで半年前に自分が書いたことを思い出しました。

1億円を超えた分は、自由に好きに使っていいお金

1月の記事で、ぼくはこう書いていました。「自分にとっては1億円あれば十分。それを超えた分は、家族のために使いたい」と。

いま、その考えがもう少しはっきりしてきました。

ぼくにとって1億円は、守りの土台で、これがあれば、もう生活に困ることはない。お金のために働かなくていい。精神的な安全地帯。だから1億円は、減らさずに守っておきたい。

でも、それを超えた分は話が別で、半年で増えた1000万円は、土台の上に積まれた余白扱い。これは、自由に、好きに使っていいお金として、何かのために使わなきゃ、と気負う必要もないし、ただ「好きに使っていい」という余白として持っておく。それだけで気持ちがずいぶん楽になる。

賢い少年
賢い少年

心理学でいうメンタルアカウンティング、心の会計だね。1億円という基準を自分で決めて、それを超えた分を”別の財布”として扱う。すると、使うことへの抵抗が消えるんだ。義務として使うんじゃなく、自由として持てる。これは贅沢な精神状態だよ。

まさにそれで、1億円までは「貯める」財布1億円を超えた分は「自由に使っていい」財布。同じ資産でも、心の中で別々に管理する。そうすると、増えた1000万円は「使ってもいいんだ」と思える。使う義務はないけど、使ってもいい。この余白こそが、半年で増えた1000万円の本当の価値なのかもしれない。


そういうふうに考えながら、先日、両親と姉と姪っ子2人と6人で6泊7日で石垣島に旅行しました。ぼくが金出すと言ったら、なぜか「仕事あるから休めない」と言っていた姉も姪っ子も7日間も休みを強引に取ったみたいで、親族全員で行けました。

両親も喜んでくれたし、いつまでも旅行できるくらいに健康(旅行寿命というらしい)でいられるかわからないので、ほんとによかった。余白の1000万円に感謝です。

現場からは以上です。

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