お金で幸福は買えるのか ── キリングスワース論文と「貧しくも幸せでもない人」問題

幸福論

お金で幸福は買えるのか。これ、永遠の論点なんですよね。

ぼくは2026年1月に純資産1億円を超えました。いわゆる億り人です。この立場で言うと説得力なく聞こえるかもしれないけど、お金と幸福の関係って、思っていたよりずっと複雑だった。「お金が増えると幸せになる」という単純な話でもないし、「お金じゃ幸せは買えない」という美談でもない。その中間にある、もう少し冷たい構造がある。

最近、ニック・マジューリ『THE WEALTH LADDER 富の階段』を読んで、自分の中で曖昧だったその構造が、わりとくっきり言語化できた気がしています。今日はそれを、自分の言葉で書いてみます。

ずっと信じられてきた定説 ── 年収7.5万ドルで幸福は頭打ち

お金と幸福の関係でいうと、長く信じられてきた有名な研究があります。

2010年、ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンとアンガス・ディートンが発表した論文。結論はシンプルで、「年収7.5万ドル(円換算で約750万円)を超えると、日々の幸福度は頭打ちになる」というもの。

これが世界中で引用されました。「お金で幸福は買えるが、ある金額で頭打ちになる」── 感覚的にもしっくりくる結論ですよね。日本のFIRE系発信でもよく出てくる根拠です。「だから年収750万円稼げたら上昇思考は捨てよう」「それ以上稼いでも幸せは増えないんだから、時間を取り戻そう」みたいな話で使われていた。

ぼくも長くこの定説を信じていました。実際、サイドFIRE達成して半年くらいは「もう十分」という感覚があったんですよ。年収7.5万ドルという閾値の話と、自分の実感が一致していた気がしていた。

ところがこの定説、2021年にひっくり返ります。

賢い少年
賢い少年

カーネマンの研究は精度の問題があったんだよね。1日1回の質問形式で幸福度を測っていた。これだとその日の気分に左右されすぎる。2021年の新しい研究は、もっと精度の高い手法で測り直したんだ。

キリングスワース論文が覆したこと ── 頭打ちは存在しなかった

2021年、ペンシルベニア大学のマシュー・キリングスワースが論文を発表しました。タイトルは「年収7.5万ドルを超えても、経験される幸福度は上昇し続ける」。

カーネマンの定説を真っ向から否定する内容です。

何が違ったかというと、研究手法。キリングスワースはスマホアプリで1日に何度も「今この瞬間の幸福度」を測定する方法を使いました。数万人規模のサンプル、リアルタイムの測定。カーネマンの研究より明らかに精度が高い。

結論は、お金と幸福の関係に頭打ちはない。年収が上がり続ければ、幸福度も上がり続ける。

「FIRE達成して年収を意識しなくなれば幸せ」という発想が、データレベルで揺らいだ。「あ、もっと稼いだら、もっと幸せだったのかも」という、ちょっと後ろ向きな気持ちも湧いた。

さらに最近のキリングスワースの研究では、資産額と幸福度の関係も調べられていて、純資産3〜8億円(円換算)の人は、それまで研究されたどの収入グループより幸福度が高いという結果が出ているらしい。富の階段でいうレベル4以降ですね。資産が上がるほど、幸福度も上がる。

ここまで聞くと、「やっぱりお金が全て」「FIRE系発信は正しい、億り人になれば幸せ」という単純な結論に着地しそうになります。

でも、本当に重要なのはここから先なんですよ。

「貧しくも幸せでもない人」問題 ── お金は誰にでも効くわけじゃない

キリングスワース論文には、もっと冷たい発見があります。お金と幸福の関係を細かく見ると、人によって効き方が全然違う、という話。

ぼくの理解だとこういうことです。

  • 貧しい人は、お金が増えると幸せになりやすい。
  • 幸せな人は、お金が増えればさらに幸せになりやすい。
  • でも、貧しくもなく幸せでもない人は、お金が増えても大した効果はない。

これ、けっこう冷酷な事実なんですよ。

何が言いたいかというと、お金は幸福の「源泉」じゃなくて「増幅装置」 だってこと。

すでに幸せに向かう要素を持っている人にとっては、お金がその要素を何倍にも増幅してくれる。健康な人がジムに通えば、もっと健康になる。良い人間関係を持っている人がお金で時間を作れば、その関係はもっと深くなる。仕事に意味を感じている人が、お金で道具を揃えれば、もっと意味のある仕事ができる。

逆に、「貧しさ」という具体的な不幸を抱えている人にとっても、お金は効く。生活の不安が解ける、健康に投資できる、人間関係の制約が外れる。「貧しさを解消する」分のお金は、確実に幸福度を上げる。

問題は、「貧しくもないけど幸せでもない人」

性格的に不幸傾向、人間関係が薄い、健康に問題がある、目的が欠如している ── そういう状態の人にお金が入っても、増幅する元手がないんですよ。ゼロを10倍してもゼロ。

いじわるな少年
いじわるな少年

『お金さえあれば幸せになれる』って信じてる人って、貧しくも幸せでもない自分を直視するのが怖いだけなんだよなw お金を言い訳にして、人間関係や健康や精神状態と向き合うのをサボってるw お金は確かに増幅装置になるけど、増幅するベースがないと意味ないんだよw 元手を作る作業を先にやるか、並行してやるかしないと、いくら稼いでも幸せにはならないw

増幅装置という発想で見直すと、いろいろ腑に落ちる

「お金は増幅装置」という発想で世の中を見直すと、いろいろ腑に落ちます。

コツコツ働きながら良い人間関係を築き、健康を維持し、自分の興味を深めてきた人が、晩年に資産を築いた場合。これは元手が十分にある状態への増幅なので、その人の幸せな部分がさらに増幅される。

要は、お金が入ってくる前に、増幅される元手を作っておく必要がある ということ。

ぼくがFIRE系発信を見ていてずっと違和感があったのは、「とにかく早く資産を築いてFIREしよう」という論調が、この「元手作り」の視点を欠いていることなんですよ。資産形成の過程で人間関係を断ち、健康を犠牲にし、目的のない労働を続けて、いざFIRE達成しても、増幅する元手がない。だから資産を持っているのに幸せじゃない、という典型的なFIRE達成者の悩みが生まれる。

ツッコミ少年
ツッコミ少年

えっ、じゃあ何を先に整えとけばいいの?お金を貯めながらでもできることなの?

そう、これが本記事で一番大事な問いなんです。

増幅される「元手」とは何か

「元手」が何で構成されているか、ぼくなりに分解してみます。

人間関係。これは間違いなく元手のひとつ。お金で人間関係を一から作るのはほぼ無理だけど、すでにある人間関係をお金で深めることはできる。友人を旅行に誘う、家族にプレゼントする、パートナーと体験を共有する。元手としての関係性がないと、お金は孤独の補填にしか使えない。

健康。これも元手。健康な人がお金でジムに通えば、もっと健康になる。でも病気の人がお金で治療を受けても、健康だった頃には戻れないことが多い。若いうちに健康を犠牲にすると、後でお金で買い戻せない。

精神状態と自己理解。これは見落とされがちだけど、たぶん最重要の元手。自分が何を好きで、何を大事にしていて、何に時間を使いたいか ── これが分かっている人は、お金が入っても判断を間違えない。逆に自己理解が浅い人は、お金が入った瞬間に「世間が言う幸せ」を買い始めて、結局虚しくなる。

目的・意味。仕事でも趣味でもいい、自分が没頭できる対象を持っているか。これがあるとお金は目的に投入できる。なければ、お金は退屈を埋めるためのモノ消費に消えていく。

この4つは、お金とは独立に積み上げるしかないものです。資産形成期から並行して投資する必要がある。むしろ、資産が増えてからこの4つを揃えようとすると、間に合わないことが多い。

優しい少年
優しい少年

お金を貯める過程で、増幅されるべき元手を犠牲にしないことが大事だよね。人間関係も健康も精神状態も目的も、お金とは別の軸で並行して育てる。両方が揃って初めて、お金がちゃんと効くんだよね。

ぼく自身に当てはめてみる ── 億り人到達時点での実感

最後に、ぼく自身に当てはめてみます。

億り人到達後、確かに幸福度は上がった気がします。前回も書いた通り、小さな支出の罪悪感が消えて、暴落耐性が上がって、「いつでも会社を辞められる」という心理的余裕ができた。意思決定が速くなった。

これはたぶん、ぼくが「幸せ寄りの人」のカテゴリにいるからだと思っています。性格的にはストア哲学が刺さるタイプで、人間関係はそんなに広くないけど質は悪くない、健康習慣は維持している、自分の興味(読書・AI・ブログ)には目的を持って取り組めている。

そういう元手のあるところに、お金が入った。だからお金がちゃんと増幅装置として効いた。

もしぼくが20代・30代で「FIREのために」と言って人間関係を断ち、健康を犠牲にし、目的のない労働を続けていたら、おそらくレベル4到達時の幸福度上昇は限定的だったと思う。元手がなければ、増幅装置は空回りする。

ぼくの場合、たまたま元手を維持しながらFIRE達成できた、というのが正直なところです。これは戦略的に意図したというより、ストア哲学とミニマリストという思想軸が、結果的に元手を守ってくれた、という感覚に近い。


「お金で幸福は買えるか」という問いに、いまのぼくが出す答えはこうです。

お金は幸福の増幅装置である。増幅される元手があれば、お金は確実に幸福度を上げる。元手がなければ、お金は何も増やさない。むしろ悪い面を増幅することもある。

だから、FIREを目指す人にも、すでに資産を持っている人にも、同じことを言いたい。お金を貯める作業と、増幅される元手を整える作業は、並行してやる必要がある。資産形成のためにベースラインを犠牲にする戦略は、長期的には自分を裏切ります。

そして元手とは具体的に何か。ぼくが今日挙げたのは、人間関係・健康・精神状態と自己理解・目的と意味、の4つでした。

ただ、この分解はぼくの個人的な整理にすぎません。世の中には「幸福のベースラインとは何か」を体系的に研究した人たちがいて、彼らは似たような構造をもっと精密に提示しています。橘玲、トム・ラス、そしてマジューリ自身。それぞれが3つ・5つ・4つの要素で幸福を分解している。その3つのフレームワークを並べてみると、似ているところと違うところがあって、けっこう面白い。

今度はそれを書きます。

現場からは以上です。

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