年240万のバイトが、6000万円の資産と同じ働きをする話

FIRE

前回、FIREの未来を決めているのは「実質取崩し額」という一つの数字だ、という話を書きました。

毎年、資産から実質いくら取り崩すのか。支出から労働収入を引いた、その差額さええ小さく抑えれば、資産は減らずに持ちこたえる。20回以上シミュレーションを回してたどり着いた結論でした。

今日はその続きで、実質取崩し額を下げる方法は2つあるんですが、世の中の人はだいたい片方しか見ていないけど、もう片方が驚くほど効くという話。

なお、入力した数字はぼくの正確な値じゃなくて、実態に近い適当な値です。そこは前回までと同じく察してください。

取崩し額を下げる方法は2つある

実質取崩し額は、引き算でした。FIRE後の支出から、労働収入を引く。

実質取崩し額 = (FIRE後の支出) – (労働収入)

ということは、この額を下げる方法は2つあります。引かれる数(支出)を小さくするか、引く数(労働収入)を大きくするか。どちらでも、差額は同じだけ小さくなる。

でも、世の中のFIRE論や節約論は、ほとんど前者の話しかしない。やれ固定費を削れ、格安SIMにしろ、家賃を下げろ、と。支出を減らす話ばかり。

賢い少年
賢い少年

実質取崩し額は引き算だからね。引かれる数を小さくしても、引く数を大きくしても、答えは同じだけ小さくなる。数学的には完全に対等なんだよ。なのに世の中の節約論は、なぜか前者の話ばかりなんだ。

そう、対等なのに、後者の「少し稼ぐ」効果は驚くほど語られない。だから今日はそっちの話をします。

年240万の労働収入を、資産に換算してみる

FIRE界隈には「4%ルール」というのがあって、資産の4%までなら毎年取り崩しても、資産は理論上なくならない、というやつ。逆に言えば、年間に必要なお金を生み出すには、その25倍の資産がいる、ということです。

では、年240万円の労働収入を、資産に換算するといくらになるか。

240万円 ÷ 4% = 6000万円。

つまり、年240万円を稼ぐ人は、6000万円の金融資産を追加で持っているのと、まったく同じ効果を生んでいる。少しだけ働くという行為が、6000万円ぶんの資産に化ける。

ツッコミ少年
ツッコミ少年

年240万のバイトが6000万円と同じ? いやいや、それはおかしいでしょ。6000万円貯めるのと、月20万ちょっと稼ぐの、難易度がぜんぜん違うじゃん! 同じ扱いはズルくない?

6000万円を貯めるより、月20万稼ぐほうが簡単

6000万円を貯めるのと、月20万円ちょっと稼ぐのは、難易度が天と地ほど違います

6000万円。これを貯めようと思ったら、ぼくみたいにインデックス投資を何年も、下手をすれば十数年続けないと届かない。リーマンショックもコロナショックも耐えて、コツコツ積み上げて、ようやく達成する金額です。

一方、年240万円――月にすれば20万円ちょっとの労働収入は、今日からでも作れる。フルリモートのゆるい仕事でも、週に何日かの稼働でも、好きな分野の小さな仕事でもいい。6000万円貯めるのに必要な時間と根気に比べたら、はるかに手が届きやすい。

同じ「実質取崩し額を下げる」効果なのに、入手難易度が桁違い。これが、完全リタイアより「少しだけ働く」ほうがずっと合理的な理由です。

いじわるな少年
いじわるな少年

“働いたら負け”とか言って完全リタイアを目指してる勢、これ見たら泣くだろうなw 月20万のゆるい仕事が、6000万円の運用益と同じ仕事してるんだぜw 6000万円貯めるために何年も働いといて、月20万を惜しむの、本末転倒だよなw

6000万円を貯めるためにあれだけ働いて金融資本に加えて労働資本もしっかり蓄積してきたのに、ゴール直前で「もう1円も働きたくない」と完全リタイアするのは、もったいない話です。

しかも労働収入には、お金以外の効果がある

ここまでは数字の話でした。でも、少しだけ働くことの効果は、お金だけじゃない

完全に仕事を辞めてしまうと、社会とのつながりが切れる。生活のリズムが崩れる。誰かに必要とされる感覚――自己効力感みたいなものが、薄れていく。お金は十分あるのに、なんだか張り合いがなくて充実感が無い。完全リタイアした人がよく口にする悩みです。

少しだけ働き続けると、これが回避できる。ゆるく社会とつながっていられるし、生活に程よいリズムが生まれるし、「自分はまだ何かを生み出している」という感覚が保たれる。お金の面でも、精神衛生の面でも、両方に効くんですよね。

優しい少年
優しい少年

お金のためだけじゃなく、ゆるく社会とつながっていられるのもいいよね。完全に辞めちゃうより、少しだけ関わっているほうが、心が健やかでいられる人は多いと思う。働くことが全部つらいわけじゃないもんね。

それに加えて、なぜかこの世の中では、仕事と生きがいみたいなものが結びついていて、仕事がなくなると急に生きがいが無くなってしまうところがあると思うんです。社会的動物である人間にとって、少しでも社会に役立つ・貢献する実感を得るには、その対価としての労働収入が必要になってるんだと感じます。

だからぼくは、完全リタイアしない

ぼくは2023年に約20年勤めた会社を辞めて、一度は世捨て人のように旅をして過ごしてたけど、完全リタイアは自分に合わないと気づいて、フルリモート・裁量労働制の仕事に転職し、いまはサイドFIREという形に落ち着いています。好きな仕事(AI関連)を、少しだけやる。

当時は「なんとなく性に合うから」という感覚で選んだ選択でしたが、今回シミュレーションを回してみて、それが数字の上でも一番合理的だったと分かりました。少しだけ働くことが、6000万円ぶんの資産を生み、しかも心の健やかさも保ってくれる。妥協でも何でもなく、最適解だった。

賢い少年
賢い少年

完全リタイアって、”労働=苦痛”を大前提にした発想なんだよね。苦痛だから一刻も早くゼロにしたい、と。でも、好きな仕事を少しだけやるなら、それは苦痛じゃない。むしろ6000万円ぶんの資産を生み出してくれる、上等な趣味みたいなものだよ。

まさにそうで、ぼくにとって、本を読んだり、AIの技術調査をしたり、何かの文章を書いたりすることは、「仕事」であり「趣味」でもある。その延長で少しお金が入ってくるなら、辞める理由がないんですよね。


FIREというと、巨額の資産を築いて、二度と働かずに暮らす――そんなイメージが強いと思います。

でも、20回以上シミュレーションを回して分かったのは、FIREの最強解は、巨額の資産でも、高い利回りでもなく、「少しだけ働き続けること」だった。年240万円。それが6000万円の資産と同じ働きをして、しかも心まで健やかに保ってくれる。

完全に辞める必要なんて、なかった。少しだけ働いて、減らない土台の上で、好きに生きる。それがぼくのたどり着いた、FIREの形です。

現場からは以上です。

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